音のーと01

はじめての出産 〜 2000.10.24
 私は基本的には、子供があまり好きじゃない
なので、妊娠もあまり待ち望んでたことではなかった
(がたさん(旦那)はとっても待ち望んでいたけどね)
しかし、出産はとっても、待ち望んでいた
だって、こんな重くて不自由な体とは、早くオサラバしたかったのである(笑)
その上、妊娠初期は精神の不安定とつわり、妊娠後期は貧血、体重の増加と戦っていたので
早く、出てくれ〜って感じ
しかし、そんな事お構いなしで、音はのほほーんとしていたみたいだ
10ヶ月に入って一週間おきの検診、そこで逆子と判明
そして、予定日の2週間前に逆子が治らないので、切ることになった
予定を決めて、10月23日に入院、24日のお昼に手術を行うことになった
私の性格から、いつ来るかわからない陣痛を待つよりは、
帝王切開の方が痛くないしありがたいと思った

24日のお昼、先生の診察が終わるのを待って、手術になった
12時ちょっとすぎからだったと思う
最初に麻酔をされて、その後に脊髄の所に下半身麻酔を打つ
これが、上手く入らなくて結構大変だった
看護婦さんに、「もっと背中を丸めて」って言われて、
お腹でかいのに、出来ないよーって思ったもの
その後、お腹を切られる、ぎゅっぎゅっぎゅってお腹を引っ張られる感じがして
音が出てきた(私からは見えないけどね)
出産したというより、出て来たという感じだ
確か、音は出てきてすぐには、泣かなかったと思う
しかし、すぐあとに弱弱しい泣き声、看護婦さんに見せられて、男の子ですよって言われた気がする
そこで時計を見て、12時半少し前だったと記憶している
なんだか、白くて気持悪るーって思ったような(笑)
病室に戻ってからは麻酔で動かない体と、点滴をされた手が冷たくなって辛かった
その後、2日間ベッドの上から動けず、点滴と注射の生活
しかし、お腹はそれ程、痛まず良かった〜
でも、何が辛いって、ご飯が食べれない事!!
体は元気なのに食べられない、お腹すいたーってそればっかり思ってましたね
で、赤ちゃんはと言うと、親子別室の病院だったのでずーっと、新生児室にいました
動ける人は、授乳室に行って、授乳やおむつ換えなどをするのですが、
私は動けなかったので、看護婦さんが時々部屋に連れてきてくれました
なんだか、全然泣かなくて、目も開けないし、手足は冷たいし、元気の無い赤ちゃんでした
子供の転院 〜 2000.10.27 生後 4日
 音が生まれて4日目
私はそろそろ、動けるようになってきたし、胸もちょっとはってきたので
午後ぐらいから、授乳室の方へ行こうかなと思っていた矢先、先生がやってきた
なんだろうと思ったら、赤ちゃんの様子が少しおかしいので、小児病院の先生を呼んだとの事
なにっ?どういうこと?ってドキドキする
急いでがたさんに電話!飛んでくるとの事
そうしている内に小児病院から先生到着
がたさんも到着!、間に合って良かった
あっという間に、小さなカゴみたいのに乗せられて、赤ちゃんは行ってしまった
後から聞いた話によると、その場で見てもしょうがないし、たまたまベッドが空いていたので
病院の方へ連れてきた方がいいと言う判断だったらしい
産婦人科の先生がその時言ったのは、
「元気が無い、手足の体温が低い、首の緊張が弱い、目が白く見える」
こんなことだったと思う(なんだか、いっぱい言われて、良くわからなかった・・・)
確かに、生まれてからほとんど、泣いた声を聞いたことが無かった
目の方は開いてるのさえまれで、私は見たことが無かった、手足も冷たかった
どうなっちゃうんだろうと言う不安で、押しつぶされそうだった
がたさんにそばにいて欲しかったが、小児病院で、赤ちゃんの状態などを聞かなくてはいけないし
そんな、一人で話を聞いてるがたさんのことも心配だった
入院などの手続きを終えて、がたさんが戻ってくるのをひたすら待った
この時間の長かった事!
がたさんが戻ってきて、話を聞いた
この時点では、まだすべて検査の途中でまだ何もわからなかった
しかし、CTに影が写ったので、脳に何かあるかもしれないと言われた
あと、目の事は眼科の先生に見てもらわないと、わからないと言われる
その日から、がたさんは私の病院と小児病院と二つの病院に通うことに
私は母乳が出てくるようになったので、病室で搾乳の毎日だった
幸いなことに、赤ちゃんは命には別状が無いということはわかった
入院した次の日からは、保育器からでて、普通のコットに
鼻チューブも取れて、付いてるのは心電図のコードと体温計のコードだけ
ミルクも普通に哺乳瓶で飲み、飲みも悪くないとの事
しかし、目の方は眼科の先生の診断の結果
両目とも先天性白内障と診断された
2度目の転院 〜 2000.11.9 生後 17日
 11月2日(木)、やっと私の退院、帝王切開なので入院11日間、雨の中での退院だった
産婦人科から直接小児病院へ
初めて、ガラス越しに入院している音を見た、ちょうど、看護婦さんからミルクをもらっていた
なんだか、涙が出た・・・
そして、入室。手を肘まで洗って、ガウンを着て、さらに赤ちゃんをさわる前は、また手を洗う
すごーく、めんどくさい(笑)
音の脳にうつったCTの影はたぶん問題ないだろうという事だった
しかし、一応MRIも取りに行く事になる
小児病院にはMRIの機械がないので、予約をして他の病院に行く事に
目の方は、眼科が無い関係上、転院して見てもらう事になった
しかし、新生児なのでただの眼科ではだめである
新生児の入院施設(NICU等)のある、病院を探してくれる事になった
見つかりしだい転院する事になった

11月9日、本当はMRIの予約が入っていた
しかし、急に転院先が見つかり、転院することになった
都内の病院だった
都内の病院まで、音は病院の救急車で運ばれる
私たちはその車には乗れないので、後から行く事になる
またもや、救急車に乗せられて行く音を見たら、なんだか悲しくなった
私たちは車で後から行く事にした
向こうについて、小児科の先生と面談
ほとんど、検査も小児病院の方で終わってない検査をここでしてくれる事に
眼科の方は、検診の曜日が決まっているので、検査をしてもらってから
眼科の先生と面談になった

眼科の診察後、眼科の先生と面談
やはり、両目とも先天性白内障と診断される
その上、両目とも白濁がひどく、このままにしておくと、視神経が発達せず、失明してしまうことを言われた
なるべく早く、白い部分を取り除き、眼底に像を送ってあげて、
視神経の発達を促す事をしてあげなければいけないと言われる
それには、水晶体を摘出しなければいけない
それによって、音の目にはレンズ機能をするものがなくなってしまうが
それはメガネやコンタクトで補う事に
大人の白内障は水晶体を摘出した後、眼内レンズと言う、人口のレンズを入れるのだが
赤ちゃんにはその手術をする事はないという事
白内障と言う病気の事も、そんなに知らない私たちは、大人と同じで簡単なものだと思っていた
目の見えていない赤ちゃんは、これから目を見るための機能が発達していくのだ
だから、このままでは音には光の強弱ぐらいしかわからない、目の機能が発達しないのだ
メガネをかけるって、赤ちゃんが?
寝ているときはどうするの?
メガネの赤ちゃんなんて見た事ないよー
そんな気分だった
その上、早く手術しなければいけないって先生は言ったのに
なかなか、手術の日程が決定しない
眼科と麻酔科の先生で日程を調整しなければいけないらしい
結局、手術は11月30日に決定した


 ちょっと、脱線・・・
手術までの期間、特にする事も無く、音はいたって元気!
他の入院している赤ちゃんに比べると、何でここにいるんだろうって感じ
なので、直接授乳の練習を開始
その頃の私は、入院後の体調も戻ってないし、1日おきに都内まで通う疲れと
さらに、産後で精神が不安定な状態にあった
そこにきて、この直接授乳の開始
なんと、音はそれを拒否!、断固拒否!
入院生活が長かったせいか、哺乳瓶にすっかり慣れてしまった音は
楽する事を覚えてしまって、直接授乳を嫌がった
お腹がすいてても、私の胸を拒否して(手で押しやる!)、怒って泣くのだ
これにはすっごい参った・・・
私がもういいやって思っても、看護婦さんはあきらめないし
ほんとに音に会いに行くのが怖くなるくらいだった
しかし、そんな私の苦悩はおかまいなしで、音はウハウハの生活を満喫
なんたって、看護婦さんにモテモテ
ほっぺたプニプニの癒し系赤ちゃんなどと言われていた(笑)
そりゃ、薬も無いし、体的には元気で手のかからない入院患者だったものね〜
もしかしたら、一生のうち一番もてた時期だったかもよ〜(笑)
その他、何か聞きたい事があれば、掲示板メールなどでお気軽にどうぞ
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